扉のある樹

扉のある樹

ドコノモリの奥深くには、大きな樹が数えきれない程びっしりと生えている場所があります。
その中に、イチイの木ばかり群れている所がありました。
イチイはもともと大きくなる木ですが、その中でも一番大きなイチイの木には、扉がついています。
扉には、番人がいました。
赤い胸をした小さな鳥です。
小鳥は、その生涯をかけて、扉に彫りものをしている最中でした。
ミッケくんにつれられてやって来たクマオは、目の前にそびえ立つイチイの大きな姿と、扉の前に自分よりはるかに小さな鳥が、口ばしに小刀をくわえているのを見つけて息を呑みました。
ドコノモリ

扉には、大きな翼と小さな翼が、内側にあるものをかばうようにして、周りを囲んでいる様子が彫ってありました。
そして翼の内側には巣の中の卵や様々な小鳥たち、花々が咲き木の実草の実が熟れている光景が彫られていました。
そればかりではありません。
扉は、長い年月をかけて小鳥が彫ったものに埋めつくされていました。
よく見ると、花々や鳥の姿の背景には、小さな波のような木の葉の一枚一枚のような、それともミジンコやもっと小さな生き物のような、ゴマ粒よりも小さな彫り跡が沢山ついているのです。

小鳥は、クマオがいるのに気がついて、小刀を置いて言いました。
「やあ、君がやってくることを、クロツグミが教えてくれたよ。」
そう言って、嬉しそうに大きな眼をパチパチさせました。
「長い長い時間が目の前にある・・・」
クマオは、ぼうっとしてしまいました。
そして、背筋を伸ばして「はじめまして、扉の番人さん。
私は、クマオと言います。
今、ミッケくんに案内してもらって、ドコノモリ巡りをしているところです。」といいました。

「クマオくん、よく来てくれました。私は、とっても嬉しいよ。」
小鳥は、大きな眼でじっとクマオを見つめました。
「さあ、もっと扉に近づいて、よく見てくれ。
私は、この世に生きているものたちを、全て彫ろうと思っているのだ。
やがて君の姿も、ここに彫るようになるだろう。」

「扉の番人さん、あなたは帰らずの岸辺から島へ渡ってそして戻って来られたとのことですが。」
「ああ・・・、遠い遠い昔のことだ。」
「戻って来て、扉の番人になったのは、どうしてなのですか?」
クマオは、小さな鳥を見つめました。
遠い昔人間だった小鳥は、大きな眼をさらに大きくして、遠いものを見つめるように話し始めました。

「・・・あの島は、それぞれの人が求めているのに相応しいものを見せてくれる。それが分かったのだよ。
月の光は、あまねく世界を照らしているね。公平に。
受け取る側に、それぞれの器、違いがあるだけだよ。
月の光があることに気がつくのは幸せだよ。
そして、自分と同じように月の光を受け取る生命が、自分の他にも沢山いると気がつくのは喜びだよ。
そうさ、気がつくということは、『愛する』ということのすぐそばにいる大切なモノなのだ。
それは、力強い翼となり、愛に近づくのだ。
自分以外の人や他の生きものたちが幸いであることが、自分を深くなぐさめてくれるよ。
私は幸せだと、その時思うよ。
私たちは月の光の下で、公平にそれを受けとっている仲間なのだから。
生命あるものが互いに互いを尊び助け合って、こちら側の世界をつくっている。
その姿を、いつでも確かめて生きて、次のいのちへ伝えて行くために、この扉に沢山のいのちの姿を彫っているよ。」
「ああ、それでもそろそろ私の仕事も終わりに近づいている。」
扉の番人は、ほっとしたように小さなため息をつきました。

「チコちゃんがね、ずっと前にここへ来てね。私に言ったのだよ。
『この扉に色をつけたら、どんなにきれいでしょう!』とね。
『月の光に照らされたこの扉はなんてきれいなのでしょう!
でも、太陽に照らされたら色が生まれるわ。
おひさまの光も、みんなに届いているんだもの。色をつけたいわ。』と。」
「チコちゃんは、絵の具をつくりたいと言ったんだ。
だから私は教えてやったよ。
チコちゃんは、この扉に色をつけることで私の仕事を継いでくれる・・・。
ありがたいことだ・・・。」
小鳥はそう言って、何度も羽根をはばたかせました。

クマオは、扉をじっと見ていました。
注意深く、ゆっくりと見ると、女の子の姿が小さく彫られているのに気づきました。

「それ、私なのよ。」
急に声がしたのでびっくりして振り向くと、いつの間にかチコちゃんが立っていました。
「クマオさん、こんにちは!」チコちゃんは、にっこりしてあいさつしました。
そして、小鳥に向かって「扉の番人さん、今日は絵の具を一つ作って来たの。見てください。」と言いました。
小皿には、真っ白な絵の具が入っていました。
チコちゃんは、小鳥の前に小皿に入れた絵の具を置きました。

「浮き山さんが場所を移動したおかげで、今は海がすぐ近くにあるから、私、海辺へ行って白い貝殻を捜したの。
古そうな白い貝がらを見つけて、洗って陽にさらし、うんと細かくすりつぶしたの。
真っ白なきれいな粉でしょ。(でも、それだけじゃ扉に塗れないよ。)と扉の番人さんに言われて、絵の具にする方法を教わったのよ。」
チコちゃんは、クマオに説明してくれました。
「動物の骨や皮を煮て、ニカワをつくること。
のりの役目をしてくれるから、混ぜるといいよと教わったの。
それでね、今度は骨を捜したのよ。
なかなか見つからなかったんだけど、ある日、海辺から少し離れたところで、死んだおさかなを見つけたの。
じっと見ていたら、何か聞こえてくるの。
死んだおさかなの声みたいだった。
(帰りたい。帰りたいよお。)と言ってたの。

私、(おさかなさん、海に帰りたいの?)と尋ねたの。
(ああ。突然理由もなしに海から陸へ連れて来られて。こんな悲しいことはない。なんとしても戻りたいと思ったけれど、陸の上では泳ぐことは出来ない。力尽きて、命はとうに離れていった・・・。それでも、それでも、帰りたいという気持ちは、ここにまだあるんだ。海の中に帰りたい。生まれたところに帰りたい。自由に泳ぎたい・・・。)そう言って、おさかなは涙まで枯れてしまった眼で私を見たのよ。
私、思い切って言ったの。
(おさかなさん、泣かないで。
私に、あなたの骨と皮をください。
それを煮てニカワをつくって、白い貝の粉と混ぜて、白い絵の具をつくりたいのです。
そして白い絵の具で、扉に海の白い波、白い泡を描きましょう。
あなたの骨が役に立ちましょうから。)
そしたらね、おさかながね、(ありがとう!)と言ったのよ。
(そうしたら、ボクはもう一度波と一緒に遊べるんだね。ああ、なんて幸せなんだろう。)死んだおさかなは、何べんもうれしそうに言っていたわ。
・・・それでね、私、白い絵の具を作ったのよ。
・・・私、海の白い波、白い泡を描かなくちゃ。」

扉の番人の小鳥は、白い絵の具をていねいに調べました。
そしてチコちゃんに、「よく出来ているよ、きれいな白だ。
貝もおさかなも、扉の中で生き続けるよ。」と言いました。
チコちゃんは、頬を赤くして頷きました。

チコちゃんのそばにいたミッケくんがチコちゃんに何か言うと、チコちゃんは目を輝かせて、ミッケくんの手を握ってぶんぶん振りました。
「え?、どうしたの?」
クマオが聞くと、チコちゃんは
「ミッケくんがね、『筆がいるね。
ぼく、作ってみるよ。』と言ってくれたの!」と、大きな声で答えました。
ミッケくんは、クマオに「ほらね。絵かきがここにいるでしょ。」と、ニヤッと笑いました。

第15回 (2014.03.25)

扉のある樹」への2件のフィードバック

  1. モリタ 招桜

    ドコノモリに入るといつも心地よく美しい音色が、どこからかうっとりさんの歌声が流れてくるのです。これはなんなんだろう?

    もしかしたら、どんな哲学書を読むより深く心に響き渡り、戦争や原発を作ろうなどと考える人がこの世の中から消えてしまうのじゃないかしら。すごい力を感じるとともに人を思いやる優しい気持ちがあふれてくるのです。

    飯豊の空の下から・・・の5月号から載せていくことに私も大賛成です。とても素敵なご家族に感謝‼

    返信
  2. machiko

    モリタさま
    コメント、ありがとうございました。
    物語に込めたメッセージをくみ取ってくださって、本当に嬉しいです。
    環境の変化に一番デリケートなカエルさん一族を代表して、うっとりさんが登場しています。
    うっとりさんが、気持ち良く歌をうたえる世界が現実にも実現できますように!
    ・・・お話は、まだ始まったばかり・・・
    さて、今後の展開をお楽しみに。
    ★「ドコノモリ」の紙版は、通信に載せるにはボリュームがあり過ぎるので、別冊を作ってご希望の方に郵送する計画です。
    ★紙版「飯豊の空の下から・・・」 が出来ました。 pdfファイルも、もうすぐ公開します。

    返信

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