ドコノモリの樹が、葉っぱを沢山繁らせたからなのでしょうか。
緑色の影が森一面に拡がって、森は緑色の海の底のようになりました。
その緑の海の底を、チコちゃんは小さな声で歌を歌いながら歩いていました。
いいえ、泳いでいるつもりなのでしょうね、両手をゆっくり前に出してかき分けるしぐさをして・・・。
そう、蛙のうっとりさんの泳ぎ方をまねて、緑の海を泳いでいました。
歌いながら、チコちゃんはおサカナを思い出していました。
海に帰りたいといって泣いていた、死んだおサカナの願いにこたえて、チコちゃんはおサカナの骨と皮でこしらえたニカワと、白い貝がらの粉をまぜて白い絵の具を作ったのです。
そして、扉のある木の番人さん・・・赤い胸の小鳥さんが彫った海に、白い絵の具で海の白い波頭と泡を塗ったのでした。
ていねいに、波の音が聴こえるようにと塗ったのです。
出来上がった海の姿の中に、おサカナの笑った顔がチラリと見えた気がして、チコちゃんはホッとため息をついたのでした。
チコちゃんは、小さな声で歌を歌いながら、やがて古い大きな樹が倒れているところに来ました。
それによっこらしょと登って、腰かけて足をぶらぶらさせました。
そして、肩かけカバンの中の木のお人形を出して、脇に座らせてあげました。
「よかったわね。」とチコちゃんは言いました。 木のお人形は、何もかも分かっていますよというように、赤いほっぺにえくぼを作って笑いました。
「よかったね、チコちゃん。」 ふたりは、それから黙って緑の海の中を飛んで行くチョウチョや小鳥を眺めました。
「・・・みんな、どうしているのかな」 遠くを見るような眼をして、チコちゃんが言いました。
「チコちゃん・・・、それはね・・・」とお人形が言いかけた時、遠くの方で誰かが叫んでいるのが聞こえました。
ふたりが耳をすますと、誰かが「チコちゃん」と言っているようなのです。
チコちゃんはびっくりして、「私はここよー」と大声で応えました。
やがて林の奥の方から、一羽のカモメがよたりよたりと歩いて来ました。
「やれやれ、やれやれ。林の中はごめんだ。羽を伸ばせないから、歩くしかない。
歩くのは、なんぎ、なんぎ。」 カモメは、ぶつくさ言っていました。
そして「チコちゃんは、どなたですか?」と尋ねました。
「私よ」とチコちゃんが言うと、カモメは「ゆうびんです。」と言って封筒を渡すと、さっさと木立の間の空の見える所へ向かって飛び上がりました。
「ちょっと、まってーーー。これ、この手紙、差出人の名前が書いてないのよーーー。誰から預かったのーーー?」 どんどん空高く飛んで行くカモメに、チコちゃんは呼びかけました。
するとカモメは、「うーん。わかんない。今度会ったら聞いておくよ。」と言いました。
「今度って・・・、いつなのーーー?」チコちゃんは、どんどん遠くへ行くカモメに大声で聞きました。
飛びながらカモメは、「うーん。あそこらへんまで行ったらあえるかなあ。」
「あそこらへん?え?」 チコちゃんは、訳が分からなくなってぼうっとしてしまいました。
そしてその間に、カモメは遠くへ行ってしまいました。
さて、カモメが「チコちゃんはいますかあ?」、「チコちゃんはいますかあ?」と大声で叫んでいたものですから、ドコノモリの仲間たちはチコちゃんのところに何があったのかと、次々にやって来ました。
そして「ゆうびん」というものが届いたと分かって、みんなその「ゆうびん」を見つめました。
チコちゃんが封筒を開けると、ノートが入っていました。
「ほう?」誰かが言いました。 ノートの表紙を開くと・・・、青い空がありました。
青い色のセロハン紙が、風に揺れています。
白い雲が貼り付けてあって、それも一緒に揺れています。
次のページをめくると、海がありました。
水平線に見えている小さいものが、だんだん大きくなって、島が出て来ました。
島には、草が生えていました。 透明な袋が貼り付けてあって、中に紙を切ってこしらえたカタバミの葉っぱがいっぱい入っていました。
「きれいだねー。」と誰かが言いました。
チコちゃんがノートを振ると、袋の中でカタバミがカサコソ揺れました。
「あー、おもしろいなぁ。」と誰かが言いました。
「次の頁は?」 皆、ワクワクしてノートを覗き込みました。
「あ、扉だ!」 「あけて見せてよ、チコちゃん。」と誰かが言いました。
「うん、あけてみるね。」
チコちゃんがそーっと扉をあけると、扉の向こう側が見えました。
そして向こう側からも、誰かがこちらを見ているのに気がつきました。
皆はギョッとしてお互いにしがみつきました・・・。
チコちゃんは、思い切って扉の向こう側・・・、次の頁をめくりました。
そこには「おたづね者」というはり紙がはってありました。
そして、ふたりの女の子の姿が描いてあるのです。
大きな眼をした女の子とおかっぱ頭の女の子です。
「あーっ!デコちゃんだ!こっちはわたし!ええっ!ふたりとも“おたづね者”?」チコちゃんは、びっくりして言いました。
「な、なんだあ?」と誰かが言いました。
「デコちゃんだ!デコちゃんだ!デコちゃんだ!脱出したんだ!」チコちゃんは、わあわあ騒いでいます。
「な、なんだあ?」誰もがそろって言いました。
そこへ、さっきのカモメが大汗をかいて戻って来ました。
「わかったよ。わかったよー。」
「ドッカランドだよ。デコちゃんだよ。」とカモメは叫びました。
「ドッカランドって?」誰かが言いました。
「あそこらへんにいるよ。こっちへ向かっているよ。ドッカランドがくるよ。」
カモメは、皆の頭の上をくるくる回って行ってしまいました。
(つづく)2014.7.13