第20回 ゆっくり・とっくり国(その2)

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さて・・・大臣は、いよいよ国の大改革を始めようとしましたが、その前にまずやらなければならないことがありました。
それは、王さまの番犬が守っている遺言状を、どうにかして手に入れることでした。
そして、王さまの時代が終わったことを告げねばなりません。

ところがその番犬は、とても体が大きくて、おなかの下に敷いてある王さまの遺言状を誰にも渡そうとしませんでした。
無理矢理どかそうとすると、怒って大きな口を開けて睨みつけるので、どうすることも出来ません。
困った困ったと思案していると、王さまが亡くなって100日目に突然番犬は立ち上がり、国の広報官に遺言状を持って行きました。
「国民に知らせること。」と表に書いてあったので、広報官は直ちにゆっくり・とっくり国の国民をお城の前に集めさせました。
その遺言状には、こう書いてあったのです。

山は山のままであるように

川は川のままであるように

花はそのままあるように

虫はそのままあるように

見えないものを見つめて

聞こえないものに耳を傾けて

みんなそのままあるような

その物語を読みたまえ

大きな大きな輪の中の

壮大な物語

その物語を

読み解きたまえ

我ら全ての物語を

大きな番犬は、満足そうに尻尾をぱたりぱたりと振りました。

ゆっくり・とっくり国の国民は遺言状を聞いて、「ああ、今までどおりにすればいいのだな。」とうなづきました・
そして「偉大な王さま万歳!」と唱えました。

ただ一人大臣だけは、このなぞなぞのような遺言がよく分かりませんでした。
けれど国民は、皆とても良く分かったようなのです。
大臣は、腹が立ちました。
そして困ってしまいました。

「今までどおりにすればいいのだな。」と、皆が思っているのですから。
そうだったら、これから大臣のやろうとすることは、全部ダメになってしまいます。
山を切り崩して貴重な鉱石を掘ることも、珍しい花や虫を売りとばすことも、川は鉱石を精錬するのに使って廃液を流すことも、あれもこれもダメということです。

大臣は、ハッとしました。
王さまは、ちゃんと分かっていたのだろうと。
眠ってばかりいて、話しをろくに聞いていなかった訳ではなかったのだろうと。
自分が死んだあとに、大臣がやろうとするだろうと分かっていたのだろうと思いました。
大臣は、王さまが眠そうな目を開けて、ニヤッと笑った顔を思い出してぞっとしました。

困った困ったと大臣は、腕ぐみしながら歩き回りました。
そして・・・、また新しいことを考えました。

なに、王子を手なづけさえすればいいのだ、と思ったのです。

あらあら、デコちゃんとチコちゃんが出てこないって?
もう少しですよ。
待っていてくださいね。

さて、ゆっくり・とっくり国の王子さまを手なづけて大臣のやりたいように国を変えて行くという計画はどうなったのでしょうか?

大臣は、国が豊かになれば好きなものがいくらでも手に入りますよ。
遊園地だって、大きなものを作れますよ。
退屈したら、外国の別荘へ行けるし、毎日毎日お祭りのように楽しく過ごせますよ、と王子さまに言うのでした。

・・・でも、王子さまは、「うるさいなあ、ボクのじゃまをしないでくれ。ボクは、ボクのやりたいようにする。」と言って、全然関心を示しませんでした。

王子さまは毎日、城の庭で野の鳥と遊んだり、ケガをしている小鳥の世話をしていたのです。
「やれやれ、やれやれ、こんなことばかりしていたら、ちっとも利口になんかなれませんよ。勉強、勉強、勉強、が一番です。いっぱい勉強したら、何が一番大切かが分かるのですから。そして、今のままの貧乏な国から豊かな国へ変わらなければいけないということが分かりますから。」と大臣はいろいろ理屈を並べ立て、王子さまが外で遊ぶ時間をどんどん減らして行きました。

そして、ゆっくり・とっくり国の子どもたちも、同じように勉強時間を長ーく取るようにと命じられたのでした。
そう、デコちゃんもチコちゃんも、その友だちも全ーん部、勉強漬けの日々が始まったのでした!

そうやって毎日勉強漬けになって、皆お利口になったのかというと・・・。
ならなかったのです。全然!
それどころか、皆、だんだん顔色が悪くなって・・・元気が無くなり、居眠りする子どもが続出しました。
こんこんと眠り続ける子どもたちもいました。
さあ、大変!
先生も大人たちも、心配をしだしました。

実はね・・・。勉強ばっかりしていて、ちっとも楽しくなくなった子どもたちは、夜更けになると外に飛び出して思いっ切り遊ぶようになったのです。
大人たちが昼間の疲れでぐっすりと寝ている間は、子どもたちにとっての自由な時間なのですから。
月の光を浴びて、影踏みだのなわとびだの鬼ごっこしている子どもたちは楽しそうでした。
でも、ちょっと変なのです。
笑い声が聞こえませんから。
皆、黙って遊んでいるのですから。
月の光を浴びて、青白くなった顔の子どもたちが、沢山集まって遊んでいる中に、いつの頃からかお城から抜け出した王子さまが混ざるようになりました。
これは、全部ひみつのことでした。
知っているのは、お月様と夜の鳥、フクロウやヨタカ、それに草むらで子どもたちを見ていたノネズミやウサギだけでした。

・・・子どもたちは、とっても無理をしていました。
大人の言いつけに従いながら、自分たちの大切なこと、遊びも、両方目いっぱいがんばっていましたから。
・・・だから、だんだんくたびれて来たのです。

いつの間にか眠らなくても平気な子が出て来ましたが、その子たちからは笑顔が消え、紙の上に広がる地平線の上をとぼとぼと歩いては数式のかけらを拾う毎日を過ごすようになりました。
その他の子どもたちは、くたびれきって、昼間の勉強時間は死んだように眠っていました。
子どもたちの大切な友だちである森の動物や小鳥たちは、静まり返った学校や家の近くでため息をついていました。

子どもの声が消え、鳥のさえずりが消え、元気な犬の吠え声もネコの甘える声も消えてしまいました。

ゆっくり・とっくり国の明るい景色が、失われようとしていました。

2015.3.16
つづく

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