靴屋のおじいさん

ドコノモリ

或る日、クマオはミッケくんに誘われて、靴屋のおじいさんを訪問することにしました。

森の中を歩くのは、相変わらずクマオにとって大変でしたが、道がないように見えても、木々の間に細い筋のような空間があることに気がつき始めていました。

「・・・何か、けもの道のようだね。」とクマオが言うと、「ちがうよ、こども道。」とミッケくんが答えます。
「はて?」
「おじいさんの家には、僕たち、しょっちゅう行くんだよ。だから、こども道が出来たんだ。」
まわりの草や樹が、おかしそうに、さらさらわさわさ鳴りました。

・・・おじいさんは、家の前に椅子を出してひなたぼっこをしていました。
エプロンをかけて、腕カバーもしていました。

「おじいさーん」
ミッケくんは声をかけて、走って行きました。

おじいさんは椅子から腰を上げて、駆け寄ってくるミッケくんを抱きとめました。
しわだらけの顔の中に、優しい瞳がありました。

クマオは、どこかで見たような懐かしさを覚えました。
靴屋のおじいさんは、クマオをミッケくんと同じように抱き、おだやかな声で「あなたに、日々導きがありますように。」と言いました。

おじいさんの家は、崖の凹んだ所を利用してこしらえた小さな家でした。
その小さな家の前には、やはり小さな畑があって、沢から水をひいてつくった小さな小さな池もありました。
時々、うっとりさんが沢伝いに遊びにくるということでした。

おじいさんは、薪ストーブに火を起こして、お茶の準備を始めました。
「・・・そろそろ皆も来るだろう。」
おじいさんがそう言うと、本当に遠くから話し声だの笑い声が近づいて来ました。

グウヨやタバール、パンニプッケルさん、プーニャ、ボーニャ、赤ちゃん、それにチコちゃんも来ました。
「おじいさーん、こんにちはー!」「あっ、クマオさん!ミッケ!来ていたんだね。」

お茶のしたくが出来るまで、ドコノモリの仲間たちはてんでんに散らばって、畑の草とりをしたり、マキわりをしています。
皆、手なれた仕事のようなのです。そのきびきびとした姿に、クマオはびっくりしました。

お湯がわくのをじっと見ている時間は、物思いにふける時間でもあります。
おじいさんは、クマオにぽつりぽつりと話し始めました。

「おらは、靴つくりと少しばかりの作物をつくる百姓だった。」
「つつましく暮らして、そこそこ幸せだったが、おっかあとせがれは、はやり病で死んでしまった。ずっと昔のことだけれど・・・、今も昨日のことのように悲しみが胸に住みついているよ。」

「お役人が来て、おらの家を燃やした。はやり病で死んだ者がいる家を、次々に燃やしていった。そしてな、こう言ったんだ。」
『ここには、以後住むことあいならぬ。この村を捨て、別の土地へ行け。北にある(ゴロゴロ石が原)、あそこは広いぞ。広い畑が作れるぞ。お前たちは大百姓だぞ。』
「お役人はそう言うと、煙にむせてふがふが言いながら急いで帰っていった。」

「ごろごろ石が原には、石がいっぱい。土はやせこけ、じゃが芋も満足に出来やしないぞ。誰もがそう思い、お互い顔を見合わせた。」
「お役人は立ち退けと言ったが、おらたちはそのままそこで暮らすことにした。」

「おらの家のそばには、おっかあが大事にしていたさんざしの木があって、それが火の粉をあびてそりゃあ憐れな姿になっていた。」
「・・・焼け跡にあばら家を建て、畑をやり直した。おっかあのさんざしの木に、毎日『がんばれやー』と声をかけてな。」

「そして・・・何回も春が来て・・・、お役人は、その間いっぺんも来やしなかったぞ。一生懸命働いて、畑はだんだん元気になって、豊かな稔りをおらたちにくれるようになった。」

「遠くまで出稼ぎに行っていた村の者たちが、やがて戻って来た。」
「昔の姿が蘇った村を見て、皆、涙を浮かべて喜んだぞ。」

「村のあちこちで、新しい生命が生まれた!幸せな村が少しずつ、また、出来つつあった。」
「それでな・・・ある春の日、畑仕事の手を休めて空を見上げていたら・・・急におっかあと息子に会いにいきたくなってなあ。」
「おっかあのさんざしの花が咲いて、ひばりがさえずって長い冬が終わった嬉しさで、森も川も・・・みんな満足している、そんな春だった。」

「そうだ!今日しか出発の時はないぞ!」
「おらは、決心して村を後にした。おっかあやせがれを祝福してもらうために・・・、巡礼の旅のはじまりだ。」
「その後の話しは、また、別の機会にすることにしようや。」

「まあ、いろいろ、いろいろあったのさ。」
「ずっと昔のことだけれど・・・今もきのうのことのように思える。悲しいことも、うれしいことも、いっしょになってな。」
「それでも、おっかあとせがれは二人ともやさしいから、死んだあとでもおらを見守ってくれているよ。」

「よくない考えが浮かんだり、誰かを恨んだりしていると、おっかあの悲しそうな顔が浮かんで来るのさ。」
「せがれの『とっつぁん、それはまずいよ。』という声が聞こえてくる。え、どうだい?何とありがたいことじゃないか。ありがたくて、毎日感謝してるのさ。」

「おまけに、このドコノモリに住むようになったら、どうだ!子どもや不思議な奴ばかりで、生きていくための知恵は、それぞれの頭の中や手の中にまだほんのちょっぴりしか持ち合わせていないと来てる。」
「おらの出番を、また、神さまはちゃんとこしらえておいてくださったわけだ。」

「もちろん、おらの出来ることだって、たかが知れてる。でもな、大切なことは、本当はそんなに多くはないんだ。」
「世界の道理をしっかと見る眼さえれば、このあったかい心・・・神さまが住んでいらっしゃる心が動き出して、どうやったらいいのかを、手の技頭の働きとかがうまい具合にかみ合って、まちがった道へは進まないようにしてくださる。」
「その世界の道理を見る眼と感じる心こそ、育てがいがあるってもんだ。」

「え、どうだい?若いの。おまえさんもひとつ、ここでがんばってくれないか?」
「おまえさんの心が指し示していることを、ドコノモリの仲間たちに見せてやってくれないか?」

「そして・・・そうだ!おまえさんにこれを・・・この一本の鍬をやろう。これで耕してみろ。土はどんな表情をしてるか、よく見るがいい。」
「何を蒔くのか、ふさわしいタネは何か、よくよく考えるがいい・・・。」

「耕しながら、おまえの夢も一緒によく耕していけ。大きな実がなるように、夢もみのりの時が来るように、汗を流してがんばりな。」
靴屋のおじいさんは、クマオを優しい眼で見つめました。

お茶の時間になりました。
陽のあたる畑で、皆はほんのりと甘いお茶を飲みました。

おじいさんにもらった鍬を見つめているクマオに、「クマオさん、何を蒔くの?」とボーニャが尋ねました。
「ぼくは、さつまいもがたべたいなぁ・・・」と、ボーニャは言いました。

「だったら、焼き芋にして食べたいわ。」とチコちゃん。
「焼き芋って、どんなんだあ?」とグウヨ。
「また芋か、ここではじゃがいもをつくってるぞ。芋なんかいらねえ。食うんだったらサカナに限る・・・」とタバール。
「あらあら・・・。クマオさんは、まだ何をつくるのか言ってませんよ。」プーニャが笑いながら皆に言いました。

皆は、クマオが何をつくるのかな?と、返事を待っていました。

「そうだね・・・。麦を蒔こうかな。」

「ムギ?」ドコノモリの仲間は顔を見合わせました。
「ムギってなーに?クマオさん。」

・・・ミッケくんとチコちゃんの他には、麦を知っている者はいなかったのです。

「おいしいパンになるんだよ。」
ミッケくんとチコちゃんは、パンの焼ける香ばしいにおいを思い出してニッコリしました。

でも、パンが焼けて食べられるようになるのは、まだまだ先の話しです。
今は、おじいさんのことに話を戻しましょう。

お茶を飲んでいたミッケくんが、「そうだ!おじいさんところのマキが少なくなって来ているから、これからマキとりに行くとするか・・・」と言いました。
早速ミッケくんは、腰に縄を巻いてナタをぶら下げました。
グウヨは、頭に手ぬぐいをして、タバールさんはのこぎりを持ちました。
チコちゃんとボーニャ、プーニャは、たきぎひろいです。

「あ、ぼくもマキとりに行くよ。」とクマオが言いました。
「じゃあ、出発!」ミッケくんが「行ってきまーす」とおじいさんに言って、皆は森の中へ入って行きました。

おじいさんはまた椅子に座って、森の方をじっと見ていました。
そして、「クマオの靴は、だいぶ傷んでいるな。・・・直してやろう。」とつぶやきながら、ゆっくりと立ち上がり、家の中へ入って行きました。

第16回 (2014.05.20)

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