第19回 ゆっくり・とっくり国(その1)

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さて、これからデコちゃんとチコちゃんが、どうして「おたづね者」となったのか、「脱出」したのかをおはなししますね。

デコちゃんとチコちゃんのふるさとは、ゆっくり・とっくり国の中の山あいにある小さな村でした。
ゆっくり・とっくり国は、その名が示すようにゆっくり動いてとっくり考えることを信条とする人々が暮らしています。

ゆっくり・とっくり国は、時計の針がゆっくり動いています。
時計がゆっくりなので、子どもたちはゆっくりゆっくり育ちます。
そして、沢山の夢を見たり、その夢をカタチにすることを、何回も何百回もいや何千回も試すことが出来ました。
だから大人になると、夢をカタチにすることに成功していました。

そうはいっても、便利なものとかぜいたく三昧の暮らしを実現させたわけではありません。
ゆっくり・とっくり国の人たちは、とても質素な暮らしをしていました。
そして・・・、幸せだったのです。
大人になっても、ゆっくりの時計は相変わらずゆっくりでしたし、大人もゆっくりと次のことを夢見ているのでした。

そう・・・、次のことって何でしょうね・・・。
そのことは、また別の機会にお話しすることにしましょうね。

それはそうと、ゆっくりゆっくりと時計の針が動いて、その間に大人の人たちは、もううっとりするくらい美しい織物だの器だのをつくっていました。
あまりにも美しい品々のうわさは、国の外まで知れわたっていました。
それで、口さのないよその国の人たちの中には、ゆっくり・とっくり国の美しい品々は、何か人間でないものの力を借りたのではないかと疑う人たちがいました。

でも、それはちがいます。
ゆっくり・とっくり国のゆっくりとした時間とゆっくりとっくり夢見て手と頭を使い続ける人たちが、美しいものをつくりあげたのです。
さて、このゆっくり・とっくり国の王さまは、国民からとても愛されていた方でした。
一日中、夢を見て、国民の邪魔をしませんでした。
気にかけることはただ一つ、「みんな、ちゃんとごはんを食べているかな?」ということだけでした。

王さまは、国民がたべものに困らないように、国のいたるところにオレンジの木を植えさせました。
そしてその実は、いつでも誰でも食べてよいということにしました。
国民も旅人も、大喜びしたのは言うまでもありません。

その他にも、王さま直轄の農園がありました。
飢饉対策として、そこでとれた農産物は、大きな倉に入れてあったのです。
そして一年に一回、それを出して大宴会をしました。
庶民と王さまは、一緒になって豊かな稔りに感謝するのでした。

さて、そのような善き政を行っていた王さまですが、ある時、ささいなことからあっという間に重い病気になってしまいました。
やがて医者も手のほどこしようがないくらい王さまはやつれていきました。

王さまは、この先の命がそれほどないことを悟り、大臣に幼い王子と国の行く末を託し、亡くなられたのでした。

幼い王子のお母さまはとうに亡くなっていましたから、もう本当にひとりぼっちになってしまった王子のことと国の行く末のこと・・・、大臣ははりきって計画を練りました。

実はずっと前から、大臣はいろいろな改革を王さまに進言していたのですが、そのたびに王さまは「ああ」だの「うーむ」だの言うだけで眠そうに眼を閉じてしまい、少しも大臣の計画は進まなかったのです。

大臣は、よその国の情勢によく通じていましたし、博学で誰からも一目置かれる人でした。
そしてそれを自分の誇りとしていましたから、ある時、「何故、王さまは自分の意見に耳を傾けはしても、国の政治に反映させないのか。」と、王さまに不満を申し上げたことがありました。
すると王さまは、「大臣よ。お前の天は限りがあるなあ。」と言いました。
大臣は、何のことか・・・と黙っていると、王さまはにっこりとほほえんでまた眠ってしまいました。
誇り高い大臣にとって、分からないことがあるということは、衣のどこかにとげが刺さっているような居心地の悪さを覚えるものでした。

さて、心の片隅に王さまの言葉がひっかかったまま、大臣はようやく自分の計画が実行できる機会がやって来たことを、とても喜びました。
大臣は、よその国の人々の暮らしぶりを知っていました。
そして自分たちの国より豊かで幸せそうだと思ったのです。
自分たちの国もそのようになりたいと・・・。

静かな湖に、ポツリと黒いインクが落ちて黒い波紋となり拡がって行くように、ゆっくり・とっくり国に影がしのびこんでいきました。

2015.2.17
つづく

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