仄暗い森の中を歩いて行く途中に、ポツン、ポツンとウバユリが立っていました。
ウバユリの花は、茎にほぼ直角に突き刺さっているような姿をしています。
「浮き山さんの登り口はあちら」
「古いお池はこちら」
「冷たい流れの湖はそちら」という具合に、花がてんでんばらばらにそしてまっすぐに行く先を指していました。
その花の指す方へ行くと、またウバユリの花が立っていて、またてんでんばらばらに行く先を指しているのです。
ウバユリの指す方向は、当てには出来ません。
ミッケくんは、もっと別な、そして確かな目印を捜しながら先へと進みました。
その後ろを、クマオが注意深く、まわりを確かめながら歩きました。
森は、さらにさらにうす暗くなり、仙人草が木に絡みついてぼんやりとした白い花を咲かせていました。
ミッケくんとクマオは、「古いお池のゴボゴボさん」に会いに行くのです。
「ゴボゴボさーん!」とミッケくんは叫びました。
静かだった池の表面に水紋が現れ、ゴボゴボッと泡が吹き出しました。
「やあ。ミッケ。よく来てくれた。」
「今日は何の話しを聞きたいのかい?」
「ボクじゃなくて、新しい仲間クマオさんに話してあげてください。」
「クマオさんは、ドコノモリ巡りをしているところなんです。」
クマオは、ゴボゴボ音を立てる水面に向かって、ちょっと戸惑いながら呼びかけました。
「こんにちわ、はじめまして。クマオと申します。」
「沢山のおはなしを聞かせてくださるそうですね。」
「わしのはなしは、いろいろ。泡のように生まれてパチッと消えて、二度と聞けない話もあれば、古い池の底にしまってある美しい石ころの数々が、ゆらりゆらりと転がって歌いだすのは、大切な話。」
「クマオは、どちらの話しを聞きたいか?」
「私は、あなたの底にしまってある美しい石ころのはなしを聞きたいです。どうぞ聞かせてください。」
ゴボゴボさんは、しばらく黙っていましたが、やがてしゃべり始めました。
「クマオよクマオ、よくお聞き、美しい石ころのはなしを。昔々、その昔、ある国で起こったはなしを。」
・・・その国は、時々現れる恐怖のお金の大魔王に悩まされていた。
大魔王がやって来る度に、人々は、日々の平安な暮らしがかき乱され、心にトゲが刺さったように、チクチクと苛立つのだった。
さてある日のこと、またもや恐怖のお金の大魔王が、人々の上空に現れた。
巨大な翼に大きな口、笑うと槍のようにとがった歯がぞろりと見えた。
恐怖のお金の大魔王は、上空に止まったまま、下から見上げている人々をねめつけるように見回した。
そして、悠々とおしっことうんこをしはじめた。
おしっことうんこは金貨になり、ザラザラと雨のように落ちた。
人々は狂喜して、その大魔王の落し物を拾い始めた。
沢山の沢山の金貨・・・。
皆、我先にと、夢中になってかき集める。
その時、金貨を集める人の群れから離れていた、詩人と絵描きと音楽家は、長く垂れた恐怖のお金の大魔王のしっぽをつかまえた!
「おーい!今だ!大魔王をやっつける時だ!皆、手を貸してくれ!」
詩人と絵描きと音楽家は、大声で皆に加勢を頼んだ。
しかし、あまりにも大量の金貨を目にした人々には、その声は届かなかった。
心は、金貨に奪われてしまっていたのだ。
詩人と絵描きと音楽家は、だんだん手が痺れて来た。
ひとり、金貨集めをせずに石に腰かけて大魔王を見上げていた靴屋は、ひと言「ムダじゃ」とつぶやいた。
とうとう、詩人と絵描きと音楽家は、疲れ切って大魔王のしっぽを放してしまった。
恐怖のお金の大魔王は、悠然と翼を揺らし飛び去って行ってしまった。
後に残った人々は、もう落ちて来ない金貨にがっかりし、隣りで口を開けて上を見ている人の袋と自分の袋を見比べて、やおら隣りの人の袋を奪った。
金貨を奪った人と奪われた人との争いがあちこちで起き、その争いはどんどん激しくなって行った。
血が流れ、誰もが正気を失っていた。
そばで見ていた詩人、絵描き、音楽家には、もう止めることの出来ない姿だった。
三人はため息をついて、その場から離れて行った。
靴屋も、「ムダじゃ」とつぶやいて離れて行った。
そのあとを子どもたちが続いて行った。
そして、誰も帰って来なかった。その国も、間もなく滅びてしまった。
これは大事な大事なおはなし。よーく覚えておきなさい。
・・・
「何か、身につまされるはなしです。その・・・、詩人と絵描きと音楽家は、どこへ行ってしまったのでしょうか。子どもたちも、どこへ?」と、クマオは尋ねました。
「さあ、それは・・・、誰も行く先を知らないのだよ。」ゴボゴボさんは、泡の中で答えました。
「それから・・・、靴屋ですが、どうして詩人と絵描きと音楽家を手伝わなかったのでしょう。」
クマオは、池に身を乗り出して来ました。
「クマオよ。お前にはきっとわかる。わかる時がやがて来る。ゆっくり考えなさい。きょうはこれでおしまい。この次は、美しい石ころが歌をきかせてくれるだろうから。」
そう言って、ゴボゴボさんは池の底に帰って行きました。
帰り道、クマオは考えごとに熱中しながら歩いていましたが、時々木の根っこに足を取られてよろめいたり、垂れ下がっている枝にしたたか顔を叩かれてしまいました。
「あー、これはいけない!ここは、森の中なのだ。ぼんやりしていては歩けない道を、私は歩いている!」
ミッケくんはそんなクマオをちょっと見て、「休みましょう。」と言いました。
二人は、倒木の上に腰を下ろしました。
「靴屋が、『ムダじゃ。』と言ったのは、大魔王をやっつけるのがムダと言ったのではないと思う。お金を拾うのがムダと言っているのだろう・・・。靴屋は、お金など必要と思っていないようだ・・・。」クマオは、ひとりごとのように言いました。
そして、ミッケくんの足もとを見たクマオは、はっとして尋ねました。
「ミッケくん、この森に靴屋はいますか?」
ミッケくんは「いますよ。おはなしに出て来た靴屋と同じ人かどうか分からないけれど、靴屋のおじいさんが住んでます。」
クマオは、びっくりしました。
「靴屋のおじいさんは、ボクやチコちゃんの靴を直してくれます。そして、いつも言うんです。『人の一生に履く靴は、2、3足もあればそれで十分。直して、直して、履けばいい。』と。『木靴は木を材料に、革靴は革を材料に使っている。どの材料も、元はイノチが通ったもの。粗末にしてはいかん。』と。『金を沢山欲しいと思うのは何故だ?自分が持っていないものを欲しいからか?だが、自分の持っていないものを手に入れても、それはやはり元々自分の持っていなかったものでしかないぞ。おまえのものではないのだぞ。カン違いするな。それはムダじゃ。』って言ってます。」
「そうか!そうだったのか!」クマオは何べんも頷きました。
そして、ふと何か気付いたようにミッケくんを見ました。
「この森に音楽家と絵描きはいますか?」
ミッケくんは、にやりと笑いました。
「音楽家と言っていいのかなぁ。ドコノモリには、楽団員がいます。ボクとグウヨとプーニャとタバールとうっとりさんがいます。それから黒つぐみも、きれいな声で歌いますよ。絵描きは・・・、じきに会えます。彫刻家もいます。会いに行きましょう。」
クマオは、愉快そうに笑いました。
そしてまた、「そうか、そうか!」と言って、ミッケくんの肩をポンポンとたたきました。
「この森に、全員集まっているんだね。」
「会いに行こう!」
クマオとミッケくんは立ち上がって歩き出しました。
つづく
第12回 2013.10.25