子育ての樹のお母さん

古いお池のゴボゴボさんに会ったあと、ミッケくんとクマオは、子育ての樹のお母さんに会いに行くことにしました。
それに、ドコノモリの仲間は、子育ての樹のお母さんのそばで遊んでいることが多いので、行けばきっと何人かにも会えるはずです。

ミッケくんは、森の中を注意深く歩いて行きました。
時々立ち止まっては「しるし」を確かめて行くのです。
不思議そうな顔をするクマオに、ミッケくんは「時々、道が変わったりするんです。」と説明しました。
「その方がおもしろいですからね。」
ミッケくんは、ニヤッと笑いました。

急にやわらかい草が茂っているところ出ると、ミッケくんは靴を脱ぎました。
「ここは、裸足のほうが気持ちいいですよ。」
言われて、クマオも長い編み上げ靴のひもを解きました。

やわらかい草の感触を楽しみながら、若い木が生えている明るい林の中を、二人は歩いて行きました。
陽の光が地面まで降り注いでいるので、この林は全体にあたたかく心が浮き立つようでした。
ドコノモリ
やがてまばらな木々の間から、ひときわ大きな樹の姿が見えて来ました。
引き寄せられるように近づいて行ったクマオは、その樹がとてつもなく大きいことに驚きました。
沢山の太い枝が、四方に広がっています。
葉がびっしりと繁り、葉陰で鳥たちがさえずり、その他に何かが急いで隠れるのがチラリと見えました。

「子育ての樹のおかあさーん。」
「クマオさんを、連れて来ました。」

ミッケくんに紹介されて、子育ての樹のお母さんの前へ進んだ時、クマオはとても不思議な気持ちになりました。

確かに「樹」なのでしょうが、そうとも言い切れないし、優しいまなざしが感じられるから人のようでもあり・・・。
でも、はっきり見ようとしても、その人の輪郭はとてもあやふやになってしまうのです。
見つめても、見つめても、幻のように逃げて行ってしまうのです。
困ってクマオは目を閉じました。

・・・いつの間にか、木の葉ずれの音は衣ずれの音になり、梢でさえずる鳥の声は消えて、心の中に物静かなご婦人の声が聴こえました。

「クマオよ。
歌う小鳥の兄弟よ。」
と、子育ての樹のお母さんは呼びかけました。

「森の規道を捜しだして、
あなたはとうとうここへやって来ましたね。
あなたが、ずっと遠くにいる頃から、
あなたの声が聞こえていましたよ。」

「私の声を、とうの昔から聞いてくださっていたのですか?!
ああ、何という幸せ!」
とクマオは言いました。
「しかしながら・・・道半ば、飢えに堪えかね、
道端の小金の草に手を出した私です。
一時しのぎに口にしたものは、
甘い香りと甘い味・・・
けれど後に残ったのは、苦い苦い金貨の味でした。
その時、草の露がどんなに甘いものか、安心なのか、
はっきりと分かったのです。
私は、自分のしたことが恥ずかしくてたまりません。」

「クマオよ、
あなたは飢えをしのぐために、子どものための童話をいい加減な気持ちでこしらえましたね。
まるで、生きている者たちの頭の上の太陽が、姿を消したような無残な話しをでっちあげました。
これは、大変な過ちです。」

子育ての樹のお母さんは、静かではあるけれどきっぱりした口調で、クマオに言いました。

クマオは、がっくりと首をうなだれ、返す言葉もなく黙っていました。

周りの樹々の全てが聞き耳を立て、そよ風も葉ずれの音も途絶え、静けさが広がっていました。

「・・・飢えがあったとしても、自分の中の大切なものは死にません。
自分の中の大切なものが死ぬのは、あなたがそれを選ぶからです。
何かのせいにしてはいけません。
自分の中のものが『恥を知れ!』と言ったのを、あなたは聞いたのですよ。
だからこそ、規道から外れてしまったのに気がついて、戻って来られたのです。
規道を捜しだして、ここへ来たのです。」
「ことばは、あなたから生まれたもの
それ以外のことばを使ってはいけませんよ。
それは”偽り”という剣になって人を害し、自分を害するのです。」

「クマオよ
歌う小鳥の兄弟よ
これからこの森で
あなたから生まれてくるものを
大切に育てて行きなさい。
あなたから生まれてくるものを
私たちは
喜んで迎えます。
さあ、自分の務めを果たしなさい!」

クマオは、はっと顔をあげて子育ての樹のお母さんに深々と礼をしました。

樹々の枝が揺れていました。
見上げると、あちらこちらの葉陰でやさしい瞳が、クマオを見つめていました。

「おーい、皆、降りておいでよ!
ぼくたちの新しい仲間、クマオさんを紹介するよ!」

ミッケくんに促されて、一番先にふわりと飛び降りて来たのはプーニャとボーニャでした。
「はじめまして、クマオさん。
これは私の息子ボーニャと赤ちゃんです。」

クマオは、プーニャとあいさつをしました。
それからボーニャと握手しました。
赤ちゃんには、顔をさわらせてあげました。
赤ちゃんは、不思議そうにクマオの顔を、しばらくいじって遊びました。

その次は、グウヨが現れました。
ミッケくんと同じくらいの背丈で、そして肌には細かい柔らかい短い毛がびっしりと生えていました。
グウヨは恥ずかしそうに「・・・グウヨだよ。」と一言言ったあとは、笛を口にくわえてしまいました。

グウヨのうしろに隠れていたチコちゃんが、前に出て来ておじぎをしました。
「わたしは、チコちゃんというのよ。よろしく!それから・・・」
カバンの中からお人形を取り出すと、「わたしのご先祖さまがこしらえたお人形。」と言って、クマオの前にさし出しました。
お人形はニコッと笑って「はじめまして、どうぞよろしく」とあいさつしました。

クマオは、次々に不思議な仲間と会って眼をまんまるにしていました。

「それから・・・えーと。
タバールさーん、うっとりさーん、どこにいるのー!」

ミッケくんが大きな声で呼ぶと、木立ちの間から「ほーい」という声が返って来ました。
現われたのはタバールさんでした。

ぎょろりとした眼は左右が別々に動いて、笑っている口元からギザギザのとがった歯が覗いていました。

「わ、わ・・・」
クマオは、心臓がバクバクしてしまいました。
「タバールだよ、よろしくな。」
タバールさんはますます笑って、水かきの付いた手をさし出しました。
クマオは、夢中になってタバールさんと何回もブンブンと握手しました。

「うっとりさんは、今日はいないのかな・・・
パンニプッケルさんも姿がみえないなあ。」
ミッケくんと皆は、周りを見回しました。

何しろ、二人は小さいですからね
うっかり見過ごしているかも知れませんから。

「いるよ・・・ここに・・・」
きれいな声がして、うっとりさんがパンニプッケルさんと手をつないで姿を見せました。

「こんにちは!はじめまして、うっとりです。
いつか、ぼくの住んでいる池にも遊びに来てくださいね。」
うっとりさんは、新しい友だちに出会って嬉しそうに何回もジャンプしました。

となりでパンニプッケルさんが、にこにこしながら立っていました。

小さな小さなパンニプッケルさんをじっと見ていたクマオは、「あっ!」と小さな声を上げました。
「あなたに会ったことがありますよね。
私は、てっきり夢を見ていたと思っていましたが・・・。
あれは、夢ではなかったのだ!」

不思議そうに見ている仲間たちに向かってクマオは
「この人に、私は助けてもらったのですよ。」と言いました。
「食べるものがなくて、すっかり疲れ切って、あのやぶの近くで私は倒れてしまいました。
気がつくと、小さな花のような人が沢山集まって来て、私の体にくっついて私を温めてくれたのです。」
「そして、小さな小さな手に何かを持って来て、私の口の中にそのかけらを入れるのです。
沢山の花のような人たちが、次から次へと同じように、私の口の中へ何かを入れました。」
「体があたたかくなりお腹が満たされて、私は安心して眠ってしまいました。」

「あー、そうだったのか。」グウヨが言いました。
「いつだったか、パンニプッケルさんの姿が何日も見えないことがあったよ。」
「クマオさんのこと、助けようとしてたんだね。」

「ありがとう、本当にありがとうございます!」
クマオは、パンニプッケルさんを手のひらにのせて、何回もお礼を言いました。

「パンニプッケルさんは、しゃべらないんだよお。だけど・・・わかるよお。」「よかったね、と言ってるよお。」
グウヨは、嬉しそうに言いました。

チコちゃんが、
「クマオさんを歓迎して、皆で歌を歌いましょう。」と言いました。

プーニャは、ハープを持って来ました。
グウヨは、笛を持って待っています。
タバールさんは、コンサティーナをタララーと鳴らしました。
ミッケくんは、バイオリンの調弦をしました。
うっとりさんは、石の上に乗って深呼吸をしました。
そして、皆で歌ったのです。
それは、こういう歌でした。

「私たちは そっと やってきたよ
それぞれに
ひとりきりの道を通って

ドコノモリは遠くて近いよ
近いけれど遠くへと続くよ

私たちは へっちゃら
どこまでも 行くよ
森の奥の その又 向こうへ」

「・・・人を戦場に送り出す音楽もある。
ウソで飾り立てたことばもある。
しかしそれは幻だ。
言ったそばから消えてなくなる。
そして、くさい臭いはいつまでも残って、人の心をかく乱する。」
「清らかな調べは、心を整える。
清らかな言葉は、行動を律する。」
「そうだ!私は真実を語ろう。
よごれてもよごれないものを
生きてあるものの祈りを語ろう。」
「まやかしの言葉は、芽の出ないタネだ。
私は、タネをまこう。
緑の芽吹く種を育てるように、ドコノモリで本当のことばを育てよう・・・」

クマオは、ドコノモリの仲間たちのきれいな調べと歌を聴いて思ったのでした。

つづく
第13回 2014.1.4

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