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森に還る

森に還る

女の子が両の手を大きく拡げて
空にむかってのばしていた

樹のように
ぐんと手をのばして
気持ち良さそうに

青い空にはたった今
雲が遠いところからの航海の途中で
横切るところ

ふと気がついて
下の女の子に声をかけた

おーい
遠い遠いところで
おまえにそっくりな子と
この森の木にそっくりな木を
見ましたよ

かわいそうに
そこはどこもかしこも
焼けてしまって
地面はどこまでも
さえぎるものがなく
かと言って空をゆく私の姿を
眺めている人はいなかった
いのちがどこにもない世界でしたよ

黒い影が地上を通りすぎる
それが私の姿だとわかっているからなおのこと
自分が地上に降り立って
誰かを捜している者のように思えてきて
私の影は焼け野原をさまよいました

やがて崩れ落ちた教会のそばで
私の影とはちがう
もうひとつの影を見たのです

空に向かって大きく手をさしのべている
黒焦げの木の影を

大きな大きな祈りのような手の姿を
していた

どうかお願いだから
なぜこのようなことが起こったのかを
教えておくれと
沢山のいのちが 黒焦げの手を空に向けて
さしのべている幻が 私には見えました

ああ・・・ 何ということを

私の涙は黒い雨となって
地上にふりました

と、そこに
黒い雨に打たれながら
両の手を空に向かって
さしのべている女の子を
私は見つけたのです

ああ、あの時の女の子!!
あの時のおまえは
ここで安らかな時を
すごしているのかい?

ここは戦場とつながっているけれど
絶対に侵されない場所
それをわかっている小さなおまえよ
どうぞ安らかにあらせたまえ

この場所があることを
人々が忘れ去ってしまう時こそ
人も森も私も
永遠に滅びるのだから

小さなおまえよ
この森と共に
生きつづけておくれ

漁

記憶の大海に
釣り糸を投げ入れる

あのことば
あの旋律を
思い出したいと

さざ波がたち
おもかげが揺れる

水面から一気に立ち上がる
思い出よ

これは偶然ではない
奇跡でもない

私はありかを
知っていたのだ!!

「歌」

歌

昔々 祈りと希望と喜びは
歌とひとつのものでした。

北に森と湖が広がる小さな国がありました。

或る日 その国の城に 二人の乙女がやってきて
「仕事を下さい」と 年老いた王妃に願い出ました。

王妃は ふたりの乙女にタペストリーを織る仕事を
与えました。

昔 幼い王女たちが行方知れずになって以来
悲しみにくれていた王妃が 織るのをやめてしまったタペストリー。
それを仕上げるようにと 年老いた王妃は命じました。

ふたりの乙女は その織りかけのタペストリーを
再び織り始めます。

乙女たちは 日の出とともに仕事をしました。
歌いながら。

小鳥のように歌いながら。

「昔々 祈りと希望と喜びは

歌とひとつのものだった

私たちは ふたたび歌を歌う

祈りと希望と喜びを
ひとつのものにするために」

乙女たちは 始めに タペトリーに 世界と天国を織りました。
次に 太陽と月を織りました。
兄弟と姉妹を織り
最後に父と母を織りました。

祈りと希望と喜びを
ひとつのものにするために

王と王妃は ふたりの乙女たちの歌を聴き
タペストリーに織り込まれた世界を見ました。

そこには 愛する息子たちと娘たちと
そして自分たち自身の姿がありました。
王妃は 祈りと希望と喜びを
ひとつのものにした娘たちを
抱きしめました。

喜びの涙とともに。

スウェーデンの古謡よりイメージを得て

木の上を歩く

木の上を歩く

私は誰かを捜していたのです。
森の中を

茨やつるは行く手をさえぎり
一歩進むたびに深く沈みそうで
私は両の手を拡げ
森の中を泳いでいきました

気がつくと
私は木の上を歩いているのです

見上げる空は青く
底知れない海に似て
足元に拡がる緑の枝は
空との境にあるために
風がしきりに緑の波をたて
小刻みにふるえていました

私は誰かを捜していたのです
いったいどこにいるのでしょう

私の口から ひいよと声が生まれました
小さな鳥のようなその声は
魂そのものでした

ことばの最果ての木の上の
青く拡がる空の中へ
飛びたっていく
その時までに
私は幾度もここへ
やってくることでしょう

最後のことばが
小鳥のさえずりとなって
輝いています
捧げ物のように
空に向かって

楽の音

楽の音

月の光が洸々とドコノ森を照らしていました。
男の子がひとりバイオリンを弾いています。
いえ、弾いているつもりなのです。体を揺らし
弓と共に腕は気持ち良さそうに
大きく弦の上をすべっていきますが耳をすましても音は聴こえません。

男の子の前に うさぎが一匹
長い耳をぴんとたてて楽の音を聴いています。
聴こえてこない楽の音を
ウサギは赤い眼を閉じて
聴こうとしています。

月の光は洸々と真昼のように
男の子とウサギを照らしています。
やがて男の子は弓を下ろしました。

「ぼくね、今、大好きな曲を弾いたの。」
「気に入った?」
男の子は尋ねました。

ウサギは閉じていた赤い眼をあけました。

「私の中でも 笛が歌っていたの。
バイオリンに合わせて・・・
すてきだったわ。」

ウサギの長い耳が
たった今終わったばかりの楽の音を

思い出して
草のようになびきました。

3人の娘

散歩

気持ちの良い春の陽ざしがドコノ森の樹の下陰までさしこむようになりました。
沢の水音に誘われて歩いていくと3人の娘に出会いました。よほど静かな足どりだったのか、何の気配も感じずにいたのでちょっとびっくりして
思わず「どなた?」と声をかけると

「私は、私は、私は・・・」と3人一緒に応えてくれるのです。
「困ったわ。聴きとれないの。」
「おねがい。もう一度」と頼むと3人の娘は互いに顔を見合わせて

おかしそうに目配せするとゆっくりと話してくれました。

「私は昔」
「私は今」
「私は未来」
やはり一度に応えます。

でもそれぞれの声が今度は別々のトーンで聞き分けることができました。
美しい調和のとれた声でした。

ああそれにしてもこの娘たちの

さざめくような声の調子は懐かしさを抱かせます。

「ひょっとして、前にお会いしませんでしたか?」
私が尋ねると3人の娘たちはやはり互いに顔を見合わせ

しずかに笑うばかりです。

やがて春の陽ざしを浴びた姿は大きなブナの樹の中へと消えていきました。

「私は昔。私は今。私は未来。すべてが私」
「私の中にすべての私がいる」

娘たちの声とブナの樹の声が重なりました。

「あなたも同じ」
「あなたの中に昔と今と未来が生きている」
「3人のあなたよそろって歌いなさい」

「3人のあなたの血はつながっているのです。ひとつになって生きなさい。わたしと同じように。」

私の眼の前の大きなブナはにっこりと新緑の葉を揺らしました。

扉の向こう

暮らしの片隅に、心がそっと入り込んでいける扉をこしらえておくことは、私の生まれついての習慣です。

『ドコデモドア』は別の世界へ行けるドアですけれど、私の扉は「ドコノモリ」へ直通します。

ドコノモリの広さがどのくらいあるのか、実はよくわかりません。

奥へ奥へと分け入ってみるのですけれど、森はとぎれることなく続いているようで、いつになったら森の終わりにたどりつけるか知れません。

倒れた樹を台座にして、大きな樹がそびえているのを見かけます。

朽ちた木を養分として育ったのでしょう。

その樹も年をとり、半ば生命を終えようとしていますが、からみあった枝の間に、淡い緑色の生命の芽ばえを抱いています。

この森は沢山の生命を育て、次の世代へと手渡しているのです。

死と生が重なりあった樹を見つめていると、私はまるで仏像の前にいるような気持ちになり、頭を垂れ眼を閉じるのです。

この森の先は、生命の始まりの場所なのかもしれません。

樹々たちは、生命の産声をはるか昔に聞いたことでしょう。

それを思い出してか、深いため息が森の奥から風となって吹いてきました。