赤ちゃんと風船ぼうや

遠くで誰かが泣いています。
困ったよー。助けてー。と言うように、声を長く長く引きずって。

「大変だ、大変だ!」
チコちゃんは、ドキドキしながら森の中を、声のする方へ走って行きました。
目の前を走っているプーニャが、通り道をふさいでいる木の枝の上をふわりと飛んで、どんどん先の方に行くのが見えました。
チコちゃんは、木の枝の上を歩いたり、藤づるにつかまって遠くへ飛んだり、狭い抜け道を這って行ったりしました。

ずっと先へ行ってしまったプーニャの姿がまた見えた時、チコちゃんはプーニャが小さな風船を木の梢からおろしているのに気がつきました。
木の根元にはかごがころがって、そのそばには あらら・・・赤ちゃんが横になっていました。

プーニャが木からおろした小さな風船は、あーん、あーんとまだ泣いていました。
プーニャは、小さな風船を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫よ。」と言い続けています。
チコちゃんは、赤ちゃんを抱っこしてかごの中に入れてあげました。

かごの中には、おふとんが敷いてあったのですもの。
赤ちゃんのベッドにちがいありません。
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でも、どうして赤ちゃんがここにいるのでしょうね。
小さな風船が、やっとお話しが出来るようになったのは、だいぶたってからでした。

小さな風船は、他の風船兄弟と同じように、町の広場の風船売りのおじさんの元で暮らしていました。
子どもが、「あの風船、ちょうだい!」と言ってくれるのを、小さな風船も楽しみに待っていました。

でも、いつの間にか町には、お年寄りと女の人、子どもしかいなくなって、皆暗い顔をして歩いていました。
男の人たちは、王さまの命令で次々と兵隊となって、遠くへ行ってしまっていました。
戦争が始まったのでした。

王さまは、兵隊を沢山必要としていました。
早く自分の命令をきく兵隊をつくることを決めたのです!

国中のお父さんは、戦争に行って家にはいません。
赤ちゃんを守るために、国中のお母さんやおじいさんおばあさんたちは、ひそかに赤ちゃんを国の外へ逃がす計画を立てました。
色々な方法で、赤ちゃんたちは次々と国の外へ出て行きました。
けれども、いつまでも王さまに知られずにすむわけにはいきませんでした。
急いで残りの赤ちゃんを逃がさなくてはなりません。
風船売りのおじさんは、風船たちに頼むことにしたのです。

国の外へ、出来るだけ戦いの場から離れて、赤ちゃんが平和に暮らせる土地まで飛んで行ってほしいと。
小さな風船と兄弟たちは、一生けんめい力を合わせて飛んだのでした。
けれど長い旅のうち、次々と力尽きて兄弟たちは、「さよなら、どうか無事に平和な土地に着きますように。」と言って落ちていったのでした。
小さな風船は風に手助けしてもらって、よろよろしながらも長い旅を続けました。
そして・・・、ドコノモリを見つけたのでした。

小さな風船は、喜んで下へ降りて行く途中で、木の梢にひもを引っかけてしまいました。
身動きが出来なくなって・・・、泣いていたのです。
小さな風船の話を聞いて、プーニャとチコちゃんはしばらく何も言えませんでした。

ill_dokono_130617_02プーニャは、小さな風船を抱きしめて、「ああ、ああ」と言いました。
「よくがんばったね。もう大丈夫。ゆっくり休もうね。」と言いました。

赤ちゃんは、さっきからずっと泣かないで、プーニャとチコちゃんを見つめていました。
チコちゃんが手をさし出すと、小さな指がチコちゃんの指をぎゅっと握りしめました。
そして自分の口の中にチコちゃんの指を入れて、チュッチュッと吸いました。

「あっ、おなかすいてるんだわ。」
「さあ、ミルクをあげなくちゃね。風船ぼうやにも、ごはんを用意しましょう!」

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プーニャは、飛び上がって「ホウ、ホウ」と森の仲間を呼びました。
それから間もなく、皆がやって来ました。

そして、皆で赤ちゃんと風船ぼうやを連れて、森の奥へと入って行きました。
子育ての樹のお母さんに、ミルクをもらいに行くのでした。

ミッケくんは、皆と一緒に森の奥に行きかけましたが、立ち止まって、皆とは反対の方角へと歩き出しました。
タバールさんが気が付いて、「おーい、ミッケ。どこへ行くんだ?」と声をかけました。
「森のはずれ、森の入口。」ミッケくんは答えました。
霧がいつの間にか出て来ていました。

(つづく)第8回
6.11

いのちのわくところ

ドコノモリ

いのちのわくところ

緑の葉が勢いを増してくる季節でした。
ドコノモリを駆け抜けて行く風は笑いながら若い葉を揺さぶるのでした。

或る日、プーニャとチコちゃんは「いのちのわくところ」へ、ヤーヤに会いに行くことにしました。

ドコノモリの中には特別な場所がいくつかあって、「いのちのわくところ」もそのうちのひとつなのです。
前の日に降った雨がやんで、朝早くから晴れているような時、ヤーヤに会えるのです。

「いのちのわくところ」は、まわりを背の低い雑木林に囲まれた、小さな広場のような所でした。
陽の光は広場全体にふり注ぎ、やわらかな草が朝露にぬれ、花が咲き、空気は濃くて、吸い込むと胸の中まで緑に染まるような気がしました。
プーニャとチコちゃんは、ヤーヤがどこにいるのかと、ゆっくりとまわりを見ていました。

オルゴールが鳴るような音が聞こえてきます。
音のする方へ行ってみると、地面から小さなヤーヤが生まれてくるところでした。

次から次へヤーヤが生まれてきます。
ヤーヤは沢山集まって、組み体操のように色々な形をつくって遊びだしました。
ヤーヤは遊びながら声を出していました。

さっき聞いたオルゴールの鳴るような音は、ヤーヤの声だったのです。
ヤーヤがつくりだす形は、どこかで見たことがあるような、何かを連想させるものでした。

なんだろう・・・とプーニャは思いました。
何か別の・・・生き物の姿のような気がしました。

なんだろう・・・と思っているうちに、次々と色々な形が出来、それが崩れ・・・・プーニャとチコちゃんは、いつのまにか時間が溶けてしまったように、ぼうっとヤーヤを見ていました。

やがて、ヤーヤの声が止み、ヤーヤは色のついた光の粒々となって四方へ飛んで行きました。
ヤーヤの一生が終わったのでした。

ドコノモリ

ヤーヤ

草むらに寝ころぶと、かすかにオルゴールが鳴る音が聞こえます。
ヤーヤは姿がなくなったけれど、光の粒々となってあちこちにいるのでした。

プーニャとチコちゃんは、光の粒々を見ていました。
光の粒々は、時々集まって何かの姿となり、また散らばって行きました。
沢山の光の粒々は、いのちの粒でした。
いのちの粒が、思い出を歌っていました。
集まっては思い出が甦り、又消えて行きました。

まわりの木からも、花からも、光の粒が舞いあがっていました。
次から次へ数えきれない程の光の粒が生まれ、小さな広場に満ちていました。
いのちのわくところは、花も木も草もヤーヤも、そしてプーニャもチコちゃんも、全てが光の粒々だったことを思い出す所でもありました。

プーニャはじっとすわりこんで、昔のことを思い出していました。
遠い遠い昔のことを。

そう、プーニャは昔、風船だったのですね。
プーニャの眼には、まっ青な空が映っていました。

帰り道、プーニャとチコちゃんはいつもよりゆっくりと足元を見ながら歩いていきました。
「あのね、私ね、空からはしごを伝っておりてきたの。」とチコちゃんはプーニャに言いました。
「おやおや・・・。こわくなかったの?」
「全然!私。 ここへ来たかったのだもの!」
「ふーん。」
ふたりはちょっと黙ってから、にっこりわらいました。
「私もよ」とプーニャが言いました。

その時どこかで誰かが泣いているような声がしました。
プーニャとチコちゃんは顔を見合わせ、急いで声のする方へ走り出しました。

(つづく)第7回

おひざ

おひざ

わたしのおひざに
お人形をのせて
わたしは おかあさん

わたしのおひざに
生まれたばかりのおとうとを
のせて
わたしは おねえちゃん

わたしのおひざは
それからしばらく空っぽで
そのうち
誰かさんの枕になって

やがてわたしのおひざに
赤ちゃんひとり
わたしは おかあさん

それからそれから
赤ちゃんが
次から次へやってきて
わたしのおひざは
ずっと満員です

それでもいつか
誰もいなくなって
わたしのおひざは空っぽ

誰かさんが摘んできてくれた
野の花一輪
おひざに置いたけれど・・・

ある日
わたしのおひざに
赤ちゃんひとり
わたしは おばあちゃん

わたしのおひざに
ミルクのしみ
たべかけのビスケット
小さなお人形
坊やがこしらえてくれた
木の小鳥
川で拾ったつるつるの小石

わたしのおひざに
今はもうないけれど
わたしのおひざは
覚えている

ずっとずっと昔
わたしはおひざに
お人形をのせていた

私はおかあさんの
おひざにのっていた

わたしのおひざは
覚えている

おかあさんの
おひざを
覚えている

2013.5.27

遠足

ドコノモリ
さて、浮き山さんの登り口までの道は、皆が思っていた以上に大変なものでした。
そもそも「道」というものがなかったのです。

茨や倒れた木、背の高い雑木がごちゃごちゃ生えている間をくぐりぬけ、沢を石伝いに歩いていきました。
方角がわからなくなったこともありましたが、元風船のプーニャがふわりと木の上まで飛んで、確かめたりしました。

小さなうっとりさんたちのことが心配ですね。
グーヨは、おなかのたるんだシワの間に、うっとりさんをすわらせました。
チコちゃんの肩かけカバンの中には、パンニプッケルさんが入りました。
大丈夫、皆助け合って行ったのですよ。

浮き山さんの登り口には、大きな杉の木が柱のように道の両側に、列をつくって立っていました。
両側の杉の木は、森の仲間たちが歩いていくのを、じっと見えない眼で追いかけてくるようでした。
「まるで門番のようだなぁ。」とミッケくんは思いました。

鳥の鳴き声も、虫の声もしません。
周りがあまり静かなので、大きな声でおしゃべりすることもやめて、皆、ひとかたまりになって歩きました。

地鳴りのような音が、長く長く聞こえて来ます。
どうやら浮き山さんの寝息のようです。
杉の木立はさらに奥の方まで拡がり、昼間なのに夕方のようにうす暗いです。

「おみやげ、どこに置こうかな?」

周りを見回すと、ずい分石があります。
孔雀の羽根のようなピカピカ光った石や、ピンク色のアメ玉みたいな石とか。
お月さまの光のような石とか、珍しいものばかりです。
これは浮き山さんが集めたものなのかも知れません。
一列にきちんと並んでいます。
中に、おみやげに持ってきた石と、とてもよく似た石がありました。

「あれー。これも浮き山さんのぼんぼんに似ているね。」と、じっと見ていたチコちゃんが、「あはは、これ、ぼんぼん。本物!」と笑いました。
ぼんぼんが寝ていたのです!
じっとしていたので、まちがえちゃったのでした。

「あー、絶対、このおみやげだったら喜ぶよぉ。」とグーヨ。
「そうだね。」
「きれいに周りをそうじして、目立つようにして置いていこう!」とミッケくんが言ったので、皆もせっせとおそうじをしました。
それから皆は、そぉーっと浮き山さんの登り口から離れたのです。
ドコノモリ
小川がちゃぷちゃぶおしゃべりをしている所まで戻って、ふうーっとため息をつきました。
大きな声でしゃべるのをがまんするのって、とても大変でした。
パンニプッケルさんは、皆が杉の大木がすごかった、ちょっとドキドキしたと、わいわいしゃべっているのをにこにこしながら聞いていました。

そうこうしているうちに日が暮れて来たので、小川で水をくんで、お茶をわかすことにしました。
お湯がわくのを待つ間、タバールさんはコンサティーナを取り出し、軽く蛇バラをひろげて、ラ・ラ・ラーと音を出しました。
ホッとするような音色に、皆もにっこりしました。

そばでさっきから木の葉の下の虫を捜してビョンビョンはねている、まるいお団子のような鳥が、びっくりしてタバールさんをみつめました。
・・・そして、その音色をマネしはじめました。

「おやおや・・・。君、ものマネが上手だね。」タバールさんにいわれた鳥は、ちょっとムクれたようです。
「マネじゃないやい!ボクは黒つぐみ。みんなにきれいな声の歌い手といわれているんだ。歌いたいんだ。あれもこれも。えーと、あなたさんのそのー、きれいな音色をきいて、たまらなく一緒に歌いたくなったんだよ!」
「おやおや、それは失礼。では、改めて一緒にどうぞ!」
タバールさんに誘われて、黒つぐみは歌いはじめました。

コンサティーナの歌う声と黒つぐみの声は仲良く響きあって、初めての共演にしてはすばらしいものでした。
皆は、大喜びで拍手しました。

まわりはどんどん暗くなって、やがてお湯もわきました。
温かいお茶をのんで、木の枝にお団子をさして火であぶってたべました。

うっとりさんは、お団子のかけらを3つに分けて、パンニプッケルさんと黒つぐみにあげました。
黒つぐみは眼をまん丸にして、「うまい!」と言いました。

パンニプッケルさんは、小さなかけらを口いっぱいにあけてたべました。
(お・い・し・い)という顔になりました。
ドコノモリ
たき火の炎が勢い良く上がりました。
いよいよミッケくんとグーヨ、プーニャとタバール、それにうっとりさんの楽団の演奏が始まりました。

チコちゃんもパンニプッケルさんも黒つぐみも、皆、体がむずむずして踊りたくなってきました。
曲のテンポが早くなり、チコちゃんは眼が回るくらい、くるくる回りました。
スカートがふくらんで、一人前の踊り子の気分です。

そのうち、プーニャもタバールもグーヨも楽器を放り出して、手と手をしっかりつないで踊りの輪をつくりました。
ミッケくんのバイオリンは、どんどん早くなっていきます。

渦巻だ!
渦巻だ!
飛んでいけ、飛んでいけ
空まで ぶんぶん
飛んでいけー!

踊りの輪の上には、天の川が広がっていました。
皆の体が本当に浮き上がっているみたいに
星々が大きく近く見えました。

翌日、皆が広場に戻った時、浮き山さんの頂上に虹が出ているのが見えました。
虹は、今まで見たこともない、先端が2つに分かれている噴水のような姿をしていました。
まるで、クジラの潮吹きみたいな虹でした。
皆、嬉しくて手をパチパチたたいて、ワーワー騒ぎました。

よし、この次はクジラの形の石を持っていこうとミッケくんは思いました。
そして、別のルートを通っていこうと考え、ニヤッとしました。

2013.5.18(第6回)
つづく

「願」

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梢は 私たちのゆりかご
いのちの先っぽで
星々からの信号を受け取る
ふるえながら
でも じっと眼をそらさないで見つめている
私たちは いのちの先っぽで
育っていく
それぞれが ひとりで
ひとりっきりの眠りをとおして
育っていく
いつか 星々からの信号に
お返事できるようにと

2013.5.12

ミッケくんのお店

ドコノモリ
ミッケくんがドコノモリにいつ頃来たのか、誰も知りません。
何日も何日もミッケくんの姿が見えないことがありますし、ドコノモリでは見かけない物を持っていることもあります。
ドコノモリの外まで探検に行っているのかも知れませんね。
でも、ミッケくんに質問してもだめですよ。
ニヤッと笑ってはぐらかされてしまいますから。

さてさて、ミッケくんは自分のおうちにしている木の洞の外に「みせ」という看板をだしました。
「みせ?」
「何を売っているの?」と聞かれたミッケくんは
「ぼくが売りたいものを売ります。明日、見に来てください。」と言いました。

さあ、みんな楽しみにして、その晩はそれぞれお金づくりに励みました。
ドコノモリで使えるお金は葉っぱです。
使う人がつくるんですよ。
松の針で葉っぱに小さな穴をあけて模様を作ります。
使用期限は1日だけ。ためたりできません。
ためておくと腐りますから、たいていお金をもらった人は捨ててしまいます。

・・・あ、それを虫が拾っていくのです。
虫のおうちの部屋飾りに、ちょうどいいとのことです。
お月さまやおてんとうさまの光で模様が透けて見えてとってもきれいなんだそうです。
虫のおかあさんたちはおおよろこびします。

さて次の朝、ドコノモリの仲間たちはごはんをたべたあと、大いそぎでミッケくんのお店へと出かけました。

お店は木の洞の中ではなくて、外に品物を並べてありました。
ミッケくんは窓から顔を出して「いらっしゃいませ!」と言ってニヤッとしました。

大きな朴の葉っぱが敷きつめられた上に品物が並んでいます。
山鳥の長い尾羽根や、短い羽根でつくったほうき、火打ち石、水晶、黒曜石、ろう石、木の枝を輪切りにしてつくったおはじき、等々。
とりたての粘土もありました。
「おおー」とグーヨが言いました。
「土笛ができるなぁ。」
タバールさんはクロモジのようじを手にしました。
「歯のおそうじに良さそうだ!」
肉桂の皮もありました。
みんなニコニコして、甘い肉桂の皮をしゃぶりながら見て回りました。
石ころが沢山並んでいます。
じっと見ていたプーニャが「あら?」
「あらら?」とびっくりした声をあげました。
「この石、誰かに似てる!」
「プーニャだ!」皆が言いました。
「これはチコちゃんだ。」
「あ、パンニプッケルさんもあるよ。」
「これは・・・?」
「浮き山さんのぼんぼんだあ!」
皆あんまりそっくりなので大笑いしました。

ミッケくんのお店の品物は、皆がいっぱい買ったのでほとんどなくなってしまいました。
ミッケくんはお店のかたづけをしながら、浮き山さんのぼんぼんに似ている石をを眺めて、浮き山さんにあげたいなと思いました。」
「これ、浮き山さんに持って行ってあげよう!」
「うん、きっと喜ぶよ!」皆、にこにこして言いました。
「遠いから、一晩キャンプしようかな?」とミッケくん。
「わー!キャンプ?!」
「いきたーい!」「一緒にいこうー!」と大さわぎになりました。
そして、ドコノモリの仲間たちはミッケくんと一緒に浮き山さんの登り口まで出かけることにしました。

2013.5.6(第5回)
つづく

「お花がわらったよ」・パンニプッケルさんのこと

パンニプッケル

パンニプッケルさん

こみあった葉の間から、お陽さまの光が暗い森に差し込んで来ました。

光はちらちらと揺れたり、明るい長いひものようになったり。
森の中は光がいろいろな形になって、あちらこちらを明るくしています。

そのお陽さまの光によく似ているけれど、
勝手に動いて木に登ったり、集まってぼんぼりのような仄明るい光の玉になるのが、パンニプッケルさんです。

パンニプッケルさんは、ひとりではありません。
パンニプッケルさんは、沢山います。
よちよち歩きの赤ちゃんが抱っこするぬいぐるみぐらいの大きさで、まん丸い鼻と小さな眼、赤ちゃんのボンネットに似た、ひらひらのふち飾りをした帽子をかぶって、そしてしっぽがあるのです。

夜の間降り続いた雨がやんで、今朝は清々しい青空が拡がっています。

パンニプッケルさんは、草の間を音をたてずに歩いていました。
スミレ、福寿草の林を通り抜けて、モミの木の赤ちゃんがたくさんいる所も通っていきました。

パンニプッケルさんは時々立ちどまって、黒い小さな鼻をふんふんさせました。
あ、わかったみたいです。急に早足になって進んでいくと・・・。
春蘭の花が咲いていました。
パンニプッケルさんは、にっこり花にほほえみかけました。

うすい緑色の花はついさっき咲いたばかりで、おしろいのような香りがしています。
春蘭はにっこり笑いました。

(お花が笑ったよ。)

パンニプッケルさんは(笑ったよ、笑ったよ)という嬉しいことを心の中に入れて、森の中を歩きました。
そしたら今度は、春リンドウの花に会いました。
春リンドウは、にっこり笑いました!!

(お花が笑ったよ。)

パンニプッケルさんはにっこりして(笑ったよ、笑ったよ)と、嬉しいことを又心の中に入れて歩きました。

パンニプッケルさんの嬉しいことがいっぱい入った心は、だんだんと明るさが増していくようでした。
パンニプッケルさんの体が、ぽおっと光っています。

歩いているとチコちゃんに会いました。
パンニプッケルはチコちゃんをみて、にっこり笑いました。
そして今度は、二人で歩きました。

立ちどまるパンニプッケルさんの前に、色々なお花が咲いていました。
お花はチコちゃんをみてにっこり笑いました。

(笑ったよ、お花が笑ったよ)

チコちゃんにはパンニプッケルさんの声がきこえたように思えました。

パンニプッケルさんはしゃべらないのです。
しゃべらないけれど、森の仲間たちは困りません。

黙っているパンニプッケルさんは、黙っているお花とおはなしします。
いっしょに笑ったりします。

パンニプッケルさんは、「黙っていることば」をいっぱいもっているようです。
そうです、お花も持っているのですね!!

パンニプッケルさんと一緒にお花が笑うのをみた夜、チコちゃんは不思議な夢をみました。

ぞっとするような闇の世界がありました。
そこにパンニプッケルさんがいました。

パンニプッケルさんは、カッと眼を開いて炎をあげているのです。
その炎は、闇の世界の中で明るく輝いています。

炎が小さくならないように、沢山のパンニプッケルさんが次々に炎の中に飛び込んでいきました。
明るさを増した炎は、100年も1000年も万年も輝いています。

チコちゃんは、次々とパンニプッケルさんが炎の中に飛び込んでいくのをみているうちに、パンニプッケルさんが皆いなくなってしまう!!と思いました。

そんなこと、いやだ!!

パンニプッケルさん、やめて!!と思った途端、パンニプッケルさんは(大丈夫だよ ボクは死なないよ)と言いました。

(ほら・・・)

大きな炎が夜空に細かく散らばり、沢山のパンニプッケルさんが星になって輝いています。

(ほらね)

パンニプッケルさんは、にっこりしました。

(ぼくは死なないよ)

空いっぱいのパンニプッケルさんは、やはりいつものように静かにそこにいました。

今朝もドコノモリの上には、青い空が拡がっています。

(おはよう)

チコちゃんは、パンニプッケルさんに無言でいってほほづりしました。
パンニプッケルさんの身体は、春の陽ざしのように暖かです。

チコちゃんは、パンニプッケルさんの心の中に入っていったような気がしました。
空のように広くて、空いっぱいにいるパンニプッケルさんの姿を思い出していました。

(おはよう) パンニプッケルさんも、黙って笑いました。

(次回へと続く)
「ドコノモリの仲間たち」第4回
2013.04.16

「到着」

ドコノモリ

池のほとりでうっとりさんとグーヨは出会った

さて・・・。浮き山さんは派手なくしゃみを何回もしながら、ずんずんと進んでいきました。
そして、急に止まったのです。

皆の耳の中が、しーんとしました。

それから「トーチャク、トーチャク」と鳥が鳴いたのです。
「どこについたのかなあ。」ミッケくんは森のはずれまで行ってみました。
ずっと前、プーニャが茨にとおせんぼされた所です。
ミッケくんが茨の繁みのすきまを腹ばいになってのぞいた時、小さな蛙と眼が合いました。
ドコノモリに最初にやってきたのは、小さな蛙でした。

蛙は、びっくりしたような、でもちょっとだけ、ほっとしたような顔をしていました。
「ボク、旅をしていたんだよ。そしたら、急にな大きな音がして地面が揺れたの。
トーチャク、トーチャクという声もしたよ。
ボクは、たどりついたの?」と蛙が言いました。
「うーん・・・。確かめに行こうか。」とミッケくんは言いました。
「おいで。池があるよ。」

ふたりは池に行きました。ドコノモリの奥には池があるのです。
池のずっと先には浮き山さんが見えます。
「ああ、何てきれいな所なんだろう!!」
蛙は、うっとりと池を眺めて言いました。

蛙は、池で暮らすことにしました。

お陽さまが、水面を照らす頃、蛙は起きだしてきます。
同じ頃、小さな風も目をさまします。
そして、水面にさざ波をたてて、「おはよう、おはよう」と蛙にあいさつしながら走り去っていくのでした。
キラキラとお陽さまの光が風の通ったあとに残りました。
蛙はそれを毎朝うっとりとして見ていました。

すてきだな
この世界
空にはチョウチョ
水の中にはアメンボ

すてきだな
この世界
たべものいっぱい
手をのばせば
おなかいっぱい

ボクは
しあわせの歌を歌うよ

ハスの葉の上で
ココロ ココロ
ココロ しあわせ

ヘビのことは
考えない
考えないったら 考えないったら

蛙は毎日歌を歌っていました。
新しい歌が沢山出来ました。

ある日、蛙が(歌を)歌い終わった時、誰かがパチパチと手をたたきました。
「だーれ?」と蛙が聞くと
「グーヨだよお」という声がしました。
「くーよだって!! げぇっ!! くわないで!!」
蛙が驚いて逃げようとすると
「ちがうよお。くーよじゃないよお。グーヨだよお。」とのんびりした声でグーヨが出て来ました。

「いい声だなあ。オイラの笛と一緒に歌ってくれないかなあ?ミッケはバイオリンをひくよお。プーニャはハープをひくよお。タバールはコンサティーナをひくよお。一緒にやろうよお。」と言ってにっこりしました。

こうして、ドコノモリの楽団に新しいメンバーが入ったのでした。

蛙は・・・この頃、皆は蛙のことを「うっとりさん」と言うようになっていました。
・・・毎日、毎日しあわせの歌を歌っているのでした。
ドコノモリの仲間は、うっとりさんの歌を聴くのが好きでした。
「又、あした・・・」夕暮れが近づくと皆それぞれのおうちへ帰っていきます。
「楽しかったなあ」
うっとりさんもうっとりしながら池のおうちに帰ります。

夜、うっとりさんは一人でした。
今夜は満月です。
うっとりさんはまん丸いお月様をうっとりとしながら眺めていました。
そうしたら、昔住んでいたまん丸い池のことを思い出しました。
お父さんやお母さんや兄弟たちと暮らしていたまん丸の池。
お月様みたいにきれいでした。

その池のきれいな水が、ある時、妙な味になってしまったのです。
お父さんもお母さんも兄弟たちもいなくなってしまいました。

うっとりさんは思います。

きれいな水に又出会ったよ。
友だち 沢山出来たよ。

ああこれ以上 しあわせなことって
あるだろうか

ボクは祈るよ
ボクは歌うよ
祈って歌うよ
いつまでもきれいな水であるように
友だちがしあわせであるように

うっとりさんは静かな声で祈って歌いました。

その声は寝ている皆の夢の中にもやさしく響いていきました。

ドコノモリは、じっと聞いていました。
うっとりさんのすわっている大きな岩も聞いていました。
風は花の甘い香りをそっと、うっとりさんに送って、うっとりさんをやさしくやさしくなでました。

静かな、きれいな夜でした。

(次回へと続く)
「ドコノモリの仲間たち」第3回
2013.04.07

浮き山さん

ドコノモリ

浮き山さん

ドコノモリは浮き山さんの裾野に拡がっています。

ドコノモリ

浮き山さんのぼんぼん

だから、まず、このお山のことをお話ししましょう。

浮き山さんの頂上には、いつも雲がかかっている。
浮き山さんのぼんぼんは小さい。
時々、お散歩している。眠りながらお散歩する。
時々、目を覚ますと、小さな虹が、ぼんぼんの頭の上に輝く。

お母さんの浮き山さんは、いつも寝ている。
夜も昼も。
長い長い眠り。

浮き山さんの頂上に、ある日二重の虹がかかる。
とてもきれいな大きな虹。
森の仲間は、皆、その美しい虹を眺めるのが大好き。
今日も皆は浮き山さんの頂上を眺める。
虹がでているかなと。

森の朝。
仲間たちがごはんをたべていると、どこかで誰かがくしゃみをしたような音がしました。
何だろう?と皆がごはんを食べるのをやめた時、ぐらりと地面が揺れました!!
「浮き山さんだ!!」皆は大急ぎで浮き山さんが見える原っぱへ走りました。

その間にも、地面ががたりごとりと揺れました。
原っぱに咲いていたスズランが、あちらでもこちらでも花がぶつかって、ガラスのような音をたてていました。
浮き山さんは何回もくしゃみをしました。
くしゃみをするたびに、頂上の方で赤や黄色や金色の火花が輝きました。

「出発なんだね!!」誰かが言いました。
ドコノモリに伝わる古いお話しには、浮き山さんが動いて別の場所に行ったというのがあります。
もちろん、ドコノモリごと全部を引き連れて、よっこらしょと動くのですよ。
ずっと前には雪と氷が一年中ある海に行ってしまったということです。
浮き山さんはそこで島になりました。
ドコノモリに住むご先祖さまたちは、風邪をひいたりして大変な思いをしたそうです。

さあ、出発となったら大変です。
ぐらぐらがたがた、樹や草が揺れ、木の実、草の実がぽとぽと落ちてきます。
せっせと拾い集めてはお口に入れました。
何だか皆、忙しそうにしていますが、別に出発するからといって準備するものはありません。
うろうろ、あちらこちらに動き回って、会う人ごとに「出発だね!!」と言うのです。
そう、皆、わくわくしているのです。

浮き山さんは今度はどこへ行くのでしょう?
たいてい、浮き山さんは、人や船や飛行機があまり通らない場所を選んでいます。
そして、こぢんまりとしたお山のそばに、まるで影のようにすわります。
そういう所は、やはり森もありますから目立たなくていいのです。
ずっと昔から、そこにいたかのように浮き山さんはすわってしまうのです。

そして、引っ越してきたお山と森とは知らずに子どもが入ってくるでしょう?
森の中で、楽しく遊んでいる声を聞くと、浮き山さんは眠っていても何だか嬉しくて、おかしくて、「わはは・・・」と笑ってしまうのです。
山奥で、急に頭の上の方から笑い声がしたら、それはドコノモリに迷い込んでしまったのかも知れませんよ。
さて、浮き山さんはどこに行き着くのでしょうか・・・。

(次回へとつづく)
「ドコノモリの仲間たち」第二回
2013.03.30

ドコノモリの仲間たち

ドコノモリ

そもそも始まりは何だったのでしょう。
風船は、風船らしく、空を気ままに漂えば良かったものを。風船は、ある日、空から降りたくなったのです。

オレンジ色に山が輝いていました。
空は、最後の陽の光で眩しいくらいでした。
夕闇が拡がる時刻が近づいています。
その時、一瞬、赤い葉を沢山つけている樹が見えました。
森の湖には森の姿が映っていました。

空からは見えないけれど、小さいものがいるような気が、風船にはしました。
空からは聞こえないけれど、小さいものの声がするような気がしました。
行ってみよう・・・と、風船は思ったのです。
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空から降りた所は、森の入り口でした。
赤い実をつけた茨が、鋭いトゲをピカピカさせて通せんぼをしていました。

風船は上がったり、下がったり。
抜け道はないかなーと。
風船は、ため息をつきました。
何度も何度も。
ため息をつくたびに、はりきっていた気持ちがしぼんでいくようでした。

でも !!
「お役にたてること、ありますか?」という声がしたのです。
小さな女の子が、風船のひもをつんつんと引っぱっていました。

その女の子が、チコちゃんだったのですよ。
風船はチコちゃんに手伝ってもらって、ドコノモリへ入っていきました。
そして、今もドコノモリで暮らしています。

風船は風船であることをやめて、プーニャになりました。
そう!プーニャは昔、風船だったのです。

これからドコノモリの仲間たちのおはなしをしましょうね。

おたのしみに。
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「ドコノモリの仲間たち」 第一回
2013.03.23

黄昏時の道

真実は死んだ

真実は死んだ

誰も通らない黄昏時の道
静かに夏の雨が降っている
畑も向かいの山も
ゆるやかに色を失い
眠りの時を迎えようとしている

誰も通らない黄昏時の道は
あちらから来て 向こうまで
長い川のように続いている

熱い道の上に
夏の雨が降る
谷間を流れる川のように
道は黒々と深々と
向こうまで続いていく

思い出したように 蛙が鳴き始めた
生まれてきたことを
生きていることを
思い出したように

誰も通らない黄昏時の道の先に
細いひと筋の道をつけるのは
一匹の蛙?
野の兎?
二足歩行の幼い子たち?

そうでありますように

そうなりますように