遠くで誰かが泣いています。
困ったよー。助けてー。と言うように、声を長く長く引きずって。
「大変だ、大変だ!」
チコちゃんは、ドキドキしながら森の中を、声のする方へ走って行きました。
目の前を走っているプーニャが、通り道をふさいでいる木の枝の上をふわりと飛んで、どんどん先の方に行くのが見えました。
チコちゃんは、木の枝の上を歩いたり、藤づるにつかまって遠くへ飛んだり、狭い抜け道を這って行ったりしました。
ずっと先へ行ってしまったプーニャの姿がまた見えた時、チコちゃんはプーニャが小さな風船を木の梢からおろしているのに気がつきました。
木の根元にはかごがころがって、そのそばには あらら・・・赤ちゃんが横になっていました。
プーニャが木からおろした小さな風船は、あーん、あーんとまだ泣いていました。
プーニャは、小さな風船を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫よ。」と言い続けています。
チコちゃんは、赤ちゃんを抱っこしてかごの中に入れてあげました。
かごの中には、おふとんが敷いてあったのですもの。
赤ちゃんのベッドにちがいありません。
でも、どうして赤ちゃんがここにいるのでしょうね。
小さな風船が、やっとお話しが出来るようになったのは、だいぶたってからでした。
小さな風船は、他の風船兄弟と同じように、町の広場の風船売りのおじさんの元で暮らしていました。
子どもが、「あの風船、ちょうだい!」と言ってくれるのを、小さな風船も楽しみに待っていました。
でも、いつの間にか町には、お年寄りと女の人、子どもしかいなくなって、皆暗い顔をして歩いていました。
男の人たちは、王さまの命令で次々と兵隊となって、遠くへ行ってしまっていました。
戦争が始まったのでした。
王さまは、兵隊を沢山必要としていました。
早く自分の命令をきく兵隊をつくることを決めたのです!
国中のお父さんは、戦争に行って家にはいません。
赤ちゃんを守るために、国中のお母さんやおじいさんおばあさんたちは、ひそかに赤ちゃんを国の外へ逃がす計画を立てました。
色々な方法で、赤ちゃんたちは次々と国の外へ出て行きました。
けれども、いつまでも王さまに知られずにすむわけにはいきませんでした。
急いで残りの赤ちゃんを逃がさなくてはなりません。
風船売りのおじさんは、風船たちに頼むことにしたのです。
国の外へ、出来るだけ戦いの場から離れて、赤ちゃんが平和に暮らせる土地まで飛んで行ってほしいと。
小さな風船と兄弟たちは、一生けんめい力を合わせて飛んだのでした。
けれど長い旅のうち、次々と力尽きて兄弟たちは、「さよなら、どうか無事に平和な土地に着きますように。」と言って落ちていったのでした。
小さな風船は風に手助けしてもらって、よろよろしながらも長い旅を続けました。
そして・・・、ドコノモリを見つけたのでした。
小さな風船は、喜んで下へ降りて行く途中で、木の梢にひもを引っかけてしまいました。
身動きが出来なくなって・・・、泣いていたのです。
小さな風船の話を聞いて、プーニャとチコちゃんはしばらく何も言えませんでした。
プーニャは、小さな風船を抱きしめて、「ああ、ああ」と言いました。
「よくがんばったね。もう大丈夫。ゆっくり休もうね。」と言いました。
赤ちゃんは、さっきからずっと泣かないで、プーニャとチコちゃんを見つめていました。
チコちゃんが手をさし出すと、小さな指がチコちゃんの指をぎゅっと握りしめました。
そして自分の口の中にチコちゃんの指を入れて、チュッチュッと吸いました。
「あっ、おなかすいてるんだわ。」
「さあ、ミルクをあげなくちゃね。風船ぼうやにも、ごはんを用意しましょう!」
プーニャは、飛び上がって「ホウ、ホウ」と森の仲間を呼びました。
それから間もなく、皆がやって来ました。
そして、皆で赤ちゃんと風船ぼうやを連れて、森の奥へと入って行きました。
子育ての樹のお母さんに、ミルクをもらいに行くのでした。
ミッケくんは、皆と一緒に森の奥に行きかけましたが、立ち止まって、皆とは反対の方角へと歩き出しました。
タバールさんが気が付いて、「おーい、ミッケ。どこへ行くんだ?」と声をかけました。
「森のはずれ、森の入口。」ミッケくんは答えました。
霧がいつの間にか出て来ていました。
(つづく)第8回
6.11